ゼカリヤ書 11章 7~ 17節
2025年 7月 6日 第1聖日
牧師 長江 忠司
ゼカリヤ書11 章後半から、共に学びましょう。
第一に、まことの牧者の導きを意識することです。牧者の導きを拒む者には、やがて慈愛と結合の杖を折られることになります。私たちはいつもまことの牧者である主が私たちを養い導かれていることを意識し、従っていく必要があります。
第二に、まことの牧者と歩む価値を覚えることです。3 人の牧者はゼカリヤに対して銀30 を与えました。それは殺された奴隷の価格でした。後にユダはイエス様を銀貨30 枚で売ってしまいました。私たちはまことの牧者に養われ共に歩むことの価値をどれくらい覚えているでしょうか。
第三に、偽りの牧者に警戒することです。彼らは散らされたものを捜さず、傷ついた者を癒さず、衰え果てた者に食べ物を与えません。主はそのような者を裁かれるのです。私たちはそのような偽りの牧者に警戒する必要があります。
救われていても問題はあります。しかし、私たちは共にいてくださるまことの牧者を意識し、信頼し、感謝し、従って歩みましょう。
<聖書のことば>
主は私に言われた。「それを陶器師に投げ与えよ。わたしが彼らに値積もりされた、尊い価を。」そこで私は銀三十を取り、それを主の宮の陶器師に投げ与えた。
ゼカリヤ書 11章 13節
